おっしゃ! 走ってみるベ

taka922.exblog.jp ブログトップ

<   2006年 10月 ( 8 )   > この月の画像一覧

申し込み開始! 第3回いわて銀河100キロ

 11月1日から、来年5月20日(日)に開催される「第3回いわて銀河100キロチャレンジマラソン」の申込みが始まるそうです。なんとなく、オフィシャルホームページをクリックしたら、ホームページがリニューアルしていて、そんなお知らせが流れていました。

 今年は、アーリーエントリーのシステムがあるそうです。なんでも、ゴールした直後に2000円をキャッシュバックしてくれるとか(@_@;) (ゴールでキャッシュバック!? こんなシステムは初めて聞きました・笑 1月31日までに申込みしたランナーが対象とのことです)

 いわて銀河100キロは、昨年の第1回大会、10月に開催され、とっても寒い思いをしました(゚∀゚;) 今年は開催月が5月に変更。新緑美しい素晴らしい時期の開催となり、私としては、一気にお気に入りの大会となりました(写真)。

 予定では、来年の第3回大会も出場しようと思っていますが、ここら辺は仙台国際ハーフもあるしなぁ~。。。(今年はレンチャンでした)ハーフマラソンがいい刺激になって、いわて銀河に臨めたらいいなぁと思っています(^^ゞ
[PR]
by takanori922 | 2006-10-30 22:49 | ウルトラマラソン

前沢マラソン・DNS

 11月5日(日)に開催される、第24回スポニチ奥州前沢マラソンに出場予定でしたが、仕事の関係で参加できないことになってしまいました (/-\)

 今年は、ゲストランナーに早稲田大学競走部駅伝監督の渡辺康幸さんが来られるとのこと。そうそう、高校のインターハイで静岡県の草薙陸上競技場に行ったとき、当時市立船橋高校の渡辺選手の走り(5000m)を間近で見たっけな~ (´□`) その後の活躍は、皆さんご存知のとおり。なんてことを思い出しながら、菊まつりの準備に追われています。(来年の25回記念大会には、出場したいものです。。。)
[PR]
by takanori922 | 2006-10-25 21:48 | ハーフマラソン

あらためて「さくら道国際ネイチャーラン」に申込み

 スパルタスロンが終了し、仕事のほうも忙しくなってきたこともあり。。。(^^ゞ ちょっとランのほうはお休み中です(お昼休みなどの時間で、ウォーキングでつないでいます)。

 そんな中、2007さくら道国際ネイチャーランに、申込みをしました。過去3年間のウルトラマラソンの記録を整理し、さらに今回のスパルタスロンの大会の記録も記入して提出しました。大会主旨に寄せる自分の思いも、思う存分書いてみました。発表は、12月ということで、静かに結果を待ちたいと思います。もし、今年もダメなら、萩往還に行こうと思っています。
[PR]
by takanori922 | 2006-10-23 21:48 | ウルトラマラソン

スパルタスロンの表彰式

a0098372_15462475.jpg

▲表彰式の会場となったザピオン

 スパルタスロンの表彰式の模様です。会場は、アテネ中心部・シンタグマ広場近くの「ザピオン」でした。この会場は、国立庭園南側にある会議場・国際展示場でで、建物の中庭は吹き抜けになっていました(@_@;) なお、ザピオンという名前の由来は、建物の出資者であるザッパス兄弟の名前をとったそうです。
a0098372_15465093.jpg

 上位入賞者の表彰式後、完走者が一人ずつ名前を呼ばれ、完走メダルと完走証をもらうことができます。このときに、ゴールの写真ももらうことができました。その後、たくさんのランナーと一緒に記念写真を撮ることができました。

 もちろん、一緒にゴールしたミホチャンとも♪
a0098372_15471011.jpg

▲親子ショット!? ミホチャンの和装、会場でも大人気でした

 その後、パーティーが開かれ、私たちは席に着くのに乗り遅れ!? 会場外のテーブルに陣取り、お料理、ワイン等をパクパク! グビグビ!(笑)。楽しいひと時を過ごしました。


いつもご訪問ありがとうございます<(_ _)>
↓「読んだよ!」とポチッとクリックお願いします
人気ブログランキングへ
[PR]
by takanori922 | 2006-10-12 22:46 | ウルトラマラソン

スパルタスロン完走記 No.4 「レース翌日」

 レース翌日。どうしても、レオニダス像を見たくなりました。それは、ゴールした時に視点が定まらなくて、ゆっくり見れなかったから。。。しっかりこの目に焼き付けたくて、朝食後にみんなと一緒にホテルを出ました。
 レオニダス像までは、ホテルから歩いて数分。途中、歴代の優勝者の名前が刻まれた石碑がありました。2002年に優勝した関家さんの名前があり、関家さん、「この石碑の前で写真を撮るのが今回の目的の一つ!」と言っていたので、私がシャッターを押してさしあげました(ぶれないように緊張して撮りました)。
a0098372_15422413.jpg

▲レオニダス像に集まってきた皆さんと一緒に

 その後、レオニダス像へ。ん~デカイ! 力強くて格好イイ! レオニダス像の前で記念写真を撮っていると、日本選手が少しずつ集まってきました。聞くところによると、レース翌朝は、みんなレオニダス像に自然と集まってくるそうです。(なんか、その気持ち、わかります)
 各々がそれぞれの思いで記念写真。最後は、このとき集まっていた全員で記念写真を撮りました。完走できた人もできなかった人も、スパルタスロンを戦い尽くした、とてもいい表情をしていました。
a0098372_1543548.jpg

▲オリーブオイル記念館にて

 その後、ホテルに戻ってアテネ行きのバスに乗り込み、まずはスパルタ市内の観光へ。オリーブオイル記念館を見学したり、市内から発掘された出土品を飾っている博物館を見たり。自分は、体調がまだ本調子ではなく、ここら辺は青い顔をして、みんなについていくだけ(苦笑)。途中、座り込んでしまうほど、体調が優れませんでした。。。
a0098372_15432785.jpg

▲このスープで少し復活! とっても美味しかったです。作り方、知りたい。。。

 復活してきたのは、昼食のレストランでのこと。古山さんから、「軽く飲めば、調子よくなるよ」と教えてもらい、キンキンに冷えたロゼワインを少しずつ口にしました。(やっぱりアルコールかよ~・笑)そして、若干塩気の強いスープをパンと一緒に飲んでからのこと! お肉やポテトなどもちょっとずつ口にすることができました。(古山さんの言うとおりだった。。。) 一緒のテーブルの皆さんとの会話も弾むようになり、ワインで物足りなくなって、最後のほうはビールまで! レストランを出るときは、だいぶ体調も回復していました。
 アテネに帰る途中、レース中に上ったサンガスや序盤のコースなどをバスから見ることができました。走った記憶が、よみがえってきます。「またここを走る日が来るのかな。。。」
a0098372_15435044.jpg

▲西村さん、10回連続完走、おめでとうございます!

 その晩は、ホテルロンドンでみんなで乾杯。兵庫の西村さんが見事10回連続出場、そして10回連続完走ということで、祝杯をあげました。部屋に戻ってからは、祝杯の続き! 入れ替わりたくさんの日本人ランナーが部屋に訪れ、日本のウルトラレースや24時間、48時間走の話、そして今回のスパルタスロンのレース内容の話で深夜まで盛り上がりました・・・(´-`)。
a0098372_15441668.jpg

▲左から、ミホチャン、Y子さん、二階堂さん、SHOさん、私(ホテルの部屋にて)
a0098372_15444299.jpg

▲左から、段さん、伏見さん、西村さん(後)、能渡さん、たつみさん、古山さん

 「スパルタスロンに集まる選手は、みんないい人なのよね」。そんな、古山さんの言葉を、自ら実感した貴重な時間でした。。。


いつもご訪問ありがとうございます<(_ _)>
↓「読んだよ!」とポチッとクリックお願いします
人気ブログランキングへ
[PR]
by takanori922 | 2006-10-11 22:41 | ウルトラマラソン

スパルタスロン完走記 No.3 「レース・つづき」

 サンガスまであと少しという150km付近で、なんだかトイレが近くなってきました。用を足しても、またすぐに尿意が。。。走っている振動で体内のどこからか出血しているらしく、暗くてよくわからなかったのですが、どうやらこの付近から血尿が出ていたようです。ミホチャンに声をかけ、何度も立ち止まってしまう始末。その間は、ミホチャンは歩き。自分は、走って追いつくといった苦しいインターバル状態が、続きました。

 スブラギ!? を焼いていたリルキア、CP43(148.5㎞・1時58分)で、ミホチャンは「お茶漬け」を預けていたらしく「これなら、食べれるかな?」と半分差し出してくれました(涙)。ずーっと固形物を食べれなかった自分。お茶漬けが、スルスルっとお腹に入っていきました。ちょっと塩気があり、そしてお米の風味が久しぶりに食欲を湧かせてくれました。生涯でこれほど美味しいと思ったお茶漬けはありません(笑)。同時に、エイドにお茶漬けを置いているミホチャンを見て、目からうろこでした。自分も何かご飯物をと思いましたが、それほど重要視していたわけではなく、ゼリーやフルーツ缶などの簡易的なものだけで行けるだろうと油断していました。それだけでいけるほど、実力がなかった。。。ものすごい反省を今でもしています。

 お茶漬けもお腹に入って、さぁ、いよいよサンガスへ。ところが、ここでミホチャンが睡魔に襲われるように。。。ミホチャンは、持参していたスーッと目が覚めるジェル(東京の接骨院でもらったそうです。非売品らしい)を首に塗って、そして目覚ましがわりにハッカ系の飴玉を二人で口にほおばって出発しました。

 前方上方に、ハイウェイの黄色い明かりが帯をなして見えるようになり、それが見上げるような目線で続いています。チカチカとサンガスの山頂に向けて点灯しているライトが見える頃には、もう九十九折(つづらおり)の上りが始まっていました。まるで大きな蛇がグネリグネリと蛇行しているような道です。そこをランナーのライトが、チカチカと上っていくのが見え、「あそこまで行くんだね。。。」と二人で苦笑いして走っていました。
a0098372_15303880.jpg

▲サンガスの登山道入り口のCP

 ミホチャンとは、「上りは全部、歩き」と割り切って、すべて歩き。(でも、ミホチャンは歩きも早かった・・・離されて追いつくのに結局走っていた自分・・・)そしていよいよ登山口前のCP47(159.3km)に到着(午前4時10分頃)。貯金は5分減って55分。ここで、血圧を測っていたランナーが。何かここは血圧を測らなければならない場所らしく(実はそうではない・勘違い)、ミホチャンと一緒に血圧測定に並んでいました。結局は、ミホチャンだけ測って、すぐに全員必須でないということを知り、二人で苦笑しながら登山道へ。
a0098372_1531126.jpg

▲足元に気をつけながらサンガスを上る


 一気に足場がガレキに変わり、ランではなく、もうそれは「登山」と呼ぶしかない状態になりました。足を踏み外したら、大変な大怪我をするのではと思うほどの道の狭さ、急斜面、そして岩場! 這うように。。。そして慎重に上りました。ミホチャンは、「明るい時には、下が見えて登れないねぇ」とか「一人では登れないよねぇ」と話しかけてくれましたが、自分はそれに対しゼイゼイ息を切らしながら「そうだね、本当、そうだね。。。」と返事をするのがやっと。でも内心「結構楽しいかも♪」と思って、少しずつ上って行きました。途中、外国人ランナーが走って追い越していったので、ミホチャンと二人で「あら、ありえねなぁ~っ!」と秋田弁で連呼! そうこうしている間に、ミホチャンが「もう着くよ」と声をかけてくれて、いよいよ山頂に。山頂のCP48(161.6km地点)では、めちゃくちゃ寒い朝方なのに、スタッフが笑顔で迎えてくれました。
a0098372_15312820.jpg

▲サンガス頂上
a0098372_15315171.jpg

▲サンガス頂上のスタッフ(自分の死にそうな顔がお恥ずかしい)

 夜空をちょっとの間だけ楽しんで、時間を気にして下りに向かう二人。今度は、キツイ傾斜の下りが続く・・・。ここでは、CW-Xが威力を発揮。膝の辺りから太ももにかけて、スピードはないものの安定して下ることができました。しかし、足が踏ん張っている状態が続くため、右足の甲がシューズのベロに当たったり、左足の親指の爪などが痛くなってくるなど、「とうとう、ここできたか」という、いつものウルトラのトラブルが発生しました。でも、そんな痛みは予想通り。これまでのお腹の調子の悪さに比べれば、トラブルには入らない! 強気でミホチャンと一緒に下って行きました。


 しばらく下って。。。越えたサンガスの明かりが遠くに見え始めた頃、うっすらと夜が明けてきました。気温は、何度くらいだったかわかりませんが、かなり寒く、吐く息が白くライトに照らされるのが見える状態でした。ガスがかかり、走っていてもその雰囲気に溶け込むような静けさ。ミホチャンとの会話もなくなり。。。知らず知らずのうちに蛇行歩行。今度は、自分が睡魔に襲われていました。ミホチャンにお願いして、数回ビンタをしてもらって気合を入れなおし!(ここら辺は、ミホチャンもキツそうだった) 二人でまた走り出しました。
a0098372_15321385.jpg

▲クラムチャウダーを口にすることができたCP

 明け方午前7時近く、CP52(172.0㎞地点)のネスタニに到着。依然、胃の調子は本調子とは行かないものの、預けていたクラムチャウダーを口にすることができ、なんとかお腹に流し込めるように。しかし、朝方の蛇行歩行で、貯金は30分にまでに減ってしまっていました。
 午前7時を過ぎ、明るくなってからは、ほぼ平坦な道のりが続きました。小さな村なのに、沿道に出て応援してくれる地元の子どもたち、そしてその家族。自分は、目はうつろながらも、笑顔で応えるようにしましたが。。。笑えていたかどうか(苦笑)。
a0098372_15323315.jpg

▲この朝方の時間帯、応援が本当にありがたい

 この頃は、走っていても、歩いていても、少しずつミホチャンとは並走できなっていました。また、尿意が酷く、その尿もいよいよもって大丈夫かというくらい真っ赤。それでもミホチャンは、少し離れると歩いて自分を待ってくれていて、追いつくとまた走り出すという繰り返し。自分のペースに合わせてくれていて、とってもありがたかったです。そして自分も、自分なりにそれに応えて、絶対諦めず、足を運んで追いつき、離されては追いつきで、決して見えない位置まで離されることはありませんでした。

 日が高く上り始め、エイドにジャージの上とアームウォーマー、そして手袋を預けようと思いましたが、「直射日光で体力を奪われるくらいなら、少しくらい暑くてもいいから素肌を覆うべき」というミホチャンのアドバイスを受けて、アームウォーマーと手袋、ロングタイツはそのままで、ジャージの上だけを預けました(これが正解だった)。日が高くなるにつれ、気温はまた上昇。しかし、それなりに暑さは感じるものの、直射日光を浴びていないせいか、前日よりも肉体的に苦しくなかった感じです。ただ、2~3kmごとに血尿が出る(今思えば、急性膀胱炎ぽかった)ので、それが辛くて辛くて。ミホチャンは、そのあまりにも辛そうな私を見て「CP60のテゲアでやめる?」と聞いてきましたが、「ここまで来て、やめるもんか! ひっぱって来てくれたミホチャンがそういうこというなよな!」と怒鳴って(親子喧嘩状態)走りました。それがあって、二人とも、ゴールしたいという思いがますます強くなっていきました。
a0098372_15325730.jpg

▲坂本さんからアドバイスをもらったCP60・テゲア

 CP60(195.1km地点)のテゲアに到着が、午前10時06分。ここで、信じられない光景を二人で目にします。まだまだ余裕そうな若いランナーが、ゼッケンを外して続々リタイヤしているではないですか! 焦ってボードをチェックすると、自分たちの貯金は55分。まだ大丈夫だと思う反面、この先、一気に貯金がなくなるほどハードなアップダウンがあるのかと不安が募りました。ここで、ウェルネスの坂本さんがいらしたので、さっそくミホチャンと一緒に、「この時間でゴールまで行けますか?」と聞きました。坂本さんは、「やめようと思っているのか?」と切り替えします。「いえ、ゴールしたいです」というと、「じゃ、行くしかない!」と背中を押してくれました。「二人で励ましあって行け。上りは全部歩いても大丈夫。232㎞地点まで上りが続く。トップ選手も血尿だ。水分をできるだけ取って行け!」と教えてくれました。ミホチャンと自分は、坂本さんの言葉を信じ、あらためて「上りは温存。。。下りと平坦はできるだけ走る!」と確認して、ゴールを目指しエイドを出ました。
a0098372_15331867.jpg

▲上りは徹底して二人とも攻めの歩き

 200キロを過ぎると、これでもかと追い討ちをかけるアップダウン。時どき襲う眠気と二人で戦いながら進みました。ふと気づいたのは、上りを全部歩いても、下りと平坦をそれなりに走れれば、貯金は減らないということ。どのCPで残り時間を確認しても、1時間前後の貯金で推移していました。これが一気に気持ちを楽にさせてくれました。
 この辺りの下りのミホチャンは、素晴らしかった。体格のいい外国人選手の横を、スイスイと追い越していく。。。身長なんか、外国人選手の腰よりちょっと上くらいなのに。。。無駄のないフォームで、淡々と走っていました。自分は、ヒモでもつけられたように、「無」になってついていきました。
a0098372_15333948.jpg

▲血尿が頻繁に出て、尿意が頻繁に。。。苦しい。椅子に座ると立てなくなりそうで・・・

 いつのまにかお昼が過ぎ、ゆっくりゆっくり日が傾きはじめ。。。CP69(226.3キロ地点・15:00到着)で、また貯金が1時間以上に。残り20キロ弱を、4時間で走ればいい計算になり、二人で「時間内完走が見えてきた」と思い始め。。。しかし、体力的にも限界が近づき(いやもう限界を超えていたかも)、これまで走っていた下りも、この辺になるとつらく、歩く時間帯が多くなり。。。そして、歩くと睡魔が襲ってくる状態という悪循環に陥っていました。
a0098372_1534085.jpg

▲完走を確信して親子で一枚(ラスト10キロ地点のshellのガソリンスタンド)

 232km地点を過ぎると、一気に下りへ。しばらく下り、ゴールまでラスト10.1㎞のCP72(236.3km地点)shellのガソリンスタンドが見えてきました。もうゴールはすぐそこ。そんな気持ちの余裕も出たのか、ここでは、ミホチャンと二人でエイドのスタッフと片言の英語で会話する余裕も。ミホチャンを指差し、「My mother!」とジェスチャー。エイドスタッフ全員、ビックリ顔!(ゴメンナサイ、うそです・笑)「凄い親子だ!」みたいなことを言われ、二人で大笑いしていました。
a0098372_15344910.jpg

▲地元スパルタの子どもたちが自転車で迎えに来てくれた

 そしていよいよスパルタの街が眼下に。。。ラスト5キロ付近、自転車に乗った少年が、迎えに来てくれました。どうやら、ゴールするランナー、一人ひとりに、ゴールまでついてくれるようです。嬉しい反面、その少年、車にひかれそうになったり(@_@;) ミホチャンとハラハラしながら並走しました。
 この辺りで、ミホチャンと「手をつないで一緒にゴールしようね」と話していましたが、ミホチャンいわく「大友くん、だいぶ、おしっこしているから、ちゃんと手を洗ってね」とキツイ一言(゚∀゚;) そりゃそうです。エイドでもらったお水で、入念に手を洗わせていただきました(笑)。
a0098372_15351136.jpg

▲ここまで引っ張ってきてくれたミホチャン
a0098372_15353363.jpg

▲最後のCP74.ゴールまであと1.8km

 そしてゴール手前、最後のCP74。ここからラスト1.8キロは、すべて二人で歩き通しました。街中に入ると、道行く人が立ち止まって拍手で「ブラボー!」、カフェでお茶している人全員も「ブラボー! ブラボー!」の大声援! マンションのベランダから、すれ違う車もクラクションを鳴らして「ブラボー!」の声! すべての皆さんに、ミホチャンと一緒にガッツポーズで応えました。後ろを見ると、パトカーがついてくれていて。。。まるで英雄のようなあつかいです!
a0098372_1536165.jpg

▲カフェにいる人たちも大きな拍手で迎えてくれました
a0098372_15363061.jpg

▲ゴールを迎えてくれた皆さん


 ミホチャンとも「気持ちいいね!」と笑顔の会話。そして最後の角を曲がると、遠くに人だかりが薄っすら見えるよう。。。「あそこがゴール!?」そして、ゆっくり二人で歩を進めると、能渡さんの旦那さんやわたなべ先生、日本人応援団の皆さんが大拍手で走って迎えに来てくれました。ドンガメさんが、「よくあの状態からゴールまで来たね!」と言ってくれたこと、二階堂さんの「二人とも、おめでとう!」という言葉が耳に入ってきて、もう目頭は熱くなって、涙をこらえるのが精一杯。涙の向こうに、夢にまで見たレオニダス像が見えてきて、ラストはミホチャンと手をつなぎ、その大観衆へ飛び込みました。

a0098372_12352165.jpg

▲レオニダス像の足にタッチしてゴール(スパルタスロンオフィシャルHPより)
a0098372_15374277.jpg

▲念願のレオニダス像にたどり着く(写真提供・ドンガメさん)

 30日午後6時18分(35時間18分)。二人は、階段を駆け上り、レオニダス像の大きな力強い足にタッチし、大きな大きな拍手の中、ゴールを迎えました。ゴールしてすぐに、メイヤー(スパルタの市長さん)から聖水をいただき、オリーブの冠をかぶせてもらい、祝福の抱擁とキス。どっしりと重いメダルをいただき、ミホチャンと一緒にレオニダス像の前で、記念写真を撮りました。
a0098372_1538958.jpg

▲医務室前で体の状態を聞かれる(二階堂さんと高井さんが通訳に)


 レース後、私はシューズ、ソックスを脱がされ、足を洗ってもらいました(私だけでなく、これは完走者全員)。その後、二階堂さんや高井さん(二人とも残念ながら完走できなかったそうです)が通訳してくれて、血尿のことを医師に伝えてくれました。私は医務室に運ばれ、採血。そして点滴も受け、その後、深い眠りにつきました。右足の甲がボッコリ腫れていたので、その間、スパルタの病院に搬送。レントゲンを撮ってもらいましたが、骨には異常はなく、炎症だけということで、点滴終了後にタクシーでホテルに戻りました(血尿もその時はおさまっていて、特別処置はなし)。戻ったのは、午後8時30分くらいだったと思います。医療費、タクシー代はすべて大会主催者側の負担。ランナーが負担する部分がなかったことに驚きです。ものすごい丁寧な、そして素晴らしい対応に、ここでも感激してしまいました。
a0098372_15383722.jpg

▲245.4㎞の道のりは、一生忘れることの出来ない貴重な体験でした

 なお、ホテルでは、参加者が夕食の最中。食事中の二階堂さんの助けを受けて、荷物を大会事務局側から受け取りました。部屋に入りると完走したお二人(齋藤さんという方と、club MY☆STARの佐藤さん)が、すでに休んでいて、自分も動かなくなった体に鞭打って!? シャワーを浴びました。そしてベッドに横になった途端、吸い込まれるように意識がなくなっていきました。。。

(午後8時から開催されたスパルタ市の歓迎レセプションには、参加できませんでした。。。悲。。。次回があればぜひ参加したいです)


スパルタスロン完走記 No.4 「レース後」に続く

いつもご訪問ありがとうございます<(_ _)>
↓「読んだよ!」とポチッとクリックお願いします
人気ブログランキングへ
[PR]
by takanori922 | 2006-10-10 22:39 | ウルトラマラソン

スパルタスロン完走記 No.2 「レース」

 スタート直後は、アクロポリスから、石畳を下ってアテネの街に下りていくのですが、これが結構危ない。二階堂さんによると、毎年、少なからず転倒するランナーがいるそうで、「足元に気をつけて下らないと・・・」と、思っている矢先に、前方のランナーがズデーン(@_@;) どうやら石畳がはげて、つまづいたよう。危うく、まき沿いを喰らうところでした。
a0098372_15133910.jpg

▲スタート直後。石畳の上を走る。(手前から、古山さん、二階堂さん、高井さん)

 この石畳、デコボコして走りづらかったのですが、とっても歴史を感じる石畳。一歩一歩、自分の足で踏み出している喜びを感じながら走ることができました。
 スタート直後は、二階堂さんや古山さん、高井さんやドンガメさんと一緒に走りましたが、アクロポリスの丘を下りて、街中に出てからは、自分の気持ちの良いペースを維持して行こうと、スーッと前に出て一人で走るようになりました。
a0098372_1514174.jpg

▲外国人選手と走ることで、いつもと違う雰囲気。スパルタスロンを走っていることが少しずつ実感として湧いてきた

 アテネの街中は、朝のラッシュ。ところどころの交差点では、警官が交通整理をしてくれています。特別、通行止めということはしていないようで、バイクが真横を走ったり、お客さんをたくさん乗せた通勤バスと並走したり、はたまたバス停に止まったバスの後方でスピードダウンしたり。。。片側二車線の幹線道路を、ハイウェイ目指して走りました。
a0098372_15142451.jpg

▲素晴らしい笑顔でランナーを応援してくれる

 ハイウェイに入る手前の給水所では、地元の皆さんが水を手渡してくれました。国が変わっても、エイドの人たちの笑顔はどこも同じ。「ブラボー!」の声と笑顔が、ランナーを元気づけてくれます。ハイウェイに入った辺りで日が昇り、少しずつ気温が上がっていくのを感じました。日差しは、後ろから。空はほとんど雲がないギリシャらしい快晴。「今日は、暑くなるな。。。」と、ある程度覚悟を決めて、下り加減のコースを、オーバーペースにならないよう走ります。
a0098372_15145031.jpg

▲ドンガメさんは、この犬にやられたのか。。。

 走っている途中に、野犬(それとも放し飼い!?)の犬が並走。それも5キロくらい一緒に走りました。(あの犬は自分の家に帰れただろうか。。。それとも野犬だからどこでもいい!?) あとでお話を聞いたら、ドンガメさんもしばらく犬と一緒に走ったらしいです。日本の犬と違って、ほっそりランナー体型の犬が多かったです(笑)。
 15キロ前後のところのエイドで預けておいたゼリーを摂取。サロマのときもそうなのですが、朝食をいくらとっても15キロあたりでお腹が減るので、前もって預けておいたゼリーです。でも、この日は、あまり胃が動いていなかったらしく、口にしたゼリーはほとんど食べずに捨ててしまいました。「いつもとちょっと違うな。。。」と感じ始めていました。
a0098372_1515125.jpg

▲能渡さんの旦那さんやますださんのご家族
a0098372_1515401.jpg

▲学芸大のわたなべ先生の旗に感激!

 途中、日本の応援団を発見! 東京のますださんご家族や、能渡さんの旦那さん、学芸大のわたなべ先生らの熱烈応援を受けて、笑顔で精力的に走ることができました。さらに、地元の子どもたちの応援も受け、CP5(24.2km地点)を2時間ちょうどで通過しました。
a0098372_1516104.jpg

▲地元の子どもたちの声援も大きな力に

 (CPとはチェックポイントのことで、全部で75カ所あります。なお75カ所目はゴールです。ランナーは、好きなCPに荷物を預けることができ、どの辺で夜になるとか、朝になるとかを考え、着替えを置いたりできます。もちろん、ゼリーなどの補食を置くこともできるので、預ける前は、悩みに悩んでしまいました。。。)
a0098372_15163142.jpg

▲余裕で先行していったドンガメさん

 前半は、何度かドンガメさんと前後する時間が多く、写真を撮ったり、この先のコースのことを聞きながら走ることができました(ドンガメさんは、この後、ずーっと前へ)。そしてコースは、街中からいよいよエーゲ海を見下ろすコースへ。古山さんに聞いたところ、ここの部分がコース上、最も美しいコース。エーゲ海が見え始めてからは、ウエストバッグに入れていたデジカメを、シャッターチャンスを逃すまいと、常時、手に持って走るようになっていました。そしてそのエーゲ海。鳥肌が立つほどの美しいエメラルドブルーでした。当たり前ですが、日本では決して見ることのできない素晴らしい景色。潮の匂いは全くなく、澄んだ空気と、爽やかな太陽の光がとっても心地よかったです。。。が、しかし。。。
a0098372_15165298.jpg

▲初めて見るエーゲ海に感動

 そんな気分とは裏腹に、みぞおちの辺りが、キューッと上につままれるような違和感が出てくるようになりました。今までのレースでは、経験したことのない痛み。生唾もでるようになり、なんか胸焼けがひどくなってきました。
 同時に体を触ってみたら、ざらざらとした感触。「うわっ、やばい! かなり塩分が抜けている。。。」と感じました。そして間もなく、右膝の上の筋肉が軽く痙攣。自分の意思に反して、ビクビクと動き出しました。歩くと痙攣がひどくなり、走るとそうでもない。。。軽くさすりながら、携帯していたアスリートソルトを5~6粒口に含んで走りました。口の中からアスリートソルトがなくなった頃、痙攣が治まり、ホッとしました。
 しかし、そのアスリートソルト、調子の悪い胃には、ますます調子を悪くする要因だったようで、一気に吐き気が大きくなりました。走り始めて3時間後(多分、35キロ付近)、最初の嘔吐が来ました。「吐いたら、楽になるかな」と思ったのですが、吐ききれなかった感じ。でも、吐けない。。。しばらく歩いて、調子を見ることにしましたが、「こんな序盤で。。。」という焦りが大きくなり始めました。
a0098372_15172082.jpg

▲エーゲ海と反対側は、岩山ばかり

 吐いてすぐ先のエイドで、また日本人応援団の声援を受けました。能渡さんの旦那さんからは、「まだまだ序盤。抑えてじっくりと」と声をかけてもらいました。「序盤から調子が悪いけれど、逆に考えれば、まだまだ復活する可能性も大きいということ。。。」と自分に言い聞かせ、ペースをぐっと落として進むことにしました。
a0098372_15175144.jpg

▲能渡さんの旦那さんにアドバイスをもらう

 CP10(40.0km地点)を3時間30分で通過。ここのエイドには、おにぎりが置いてあったのですが、胃の調子が悪く、1個食べたくらいです(もっと食べたかったけれど)。なお、この40km地点までの制限時間は、4時間15分! あとで聞いた話ですが、ここまでで、結構、収容されてしまったランナーがいたそうです。
a0098372_15182483.jpg

▲おにぎりがあるとは!

 コースのほうは、コリントス運河を目指し、アップダウンの続くコースに。ところどころに見えるエーゲ海が、せめてもの気晴らし。胃の調子が悪いのは相変わらずで、徐々にペースダウンしていくのがわかりました。
 ここら辺のエイドには、水やコーラ(水で薄めたもの)がありましたが、どれもぬるくて飲めるものではなかったです。「冷たい飲み物でもあれば復活できるのに」と、「次のエイドの飲み物は冷えているに違いない」と自分を励まして走りました。
a0098372_15184722.jpg

▲写真を撮ったり、撮ってもらったりで不調を紛らわす。。。

 またこの辺りで、塩分不足の補い、そして口の中をスッキリさせたいと、携帯していた「干し梅」を口に含みました。(これは、東京のラン仲間・月絵さんから餞別にもらったものです)すっぱいその味は、体をシャキっとさせてくれました(月絵さん、ありがとうね~)。
a0098372_1519127.jpg

▲月絵さんにいただいた干し梅

 その後、少し復活して、コリントスの運河に到着。その眺望の素晴らしさに息を飲む思い! 走るのを忘れ!? 具合の悪いのも若干薄れつつ、その場で立ち止まって何度もシャッターを押してしまいました。(外国人男性の観光客の方が、コリントス運河の橋の上で写真を撮ってくれました)
a0098372_15193515.jpg

▲コリントス運河
a0098372_15195736.jpg

▲コリントス運河過ぎのヘラスカンのエイドでマッサージを受ける

 そして最初の大きいエイド、ヘラスカン(81.0km地点)に15:00ちょっと前に到着。もう倒れるようになだれ込みました。何か食べないと走れないと思い、預けていたバームゼリーを少しずつお腹に流し込み、ザバスのエネルギータブを5~6粒、口に含みながらマッサージを受けました。実は、走っている途中に、いままでマッサージを受けたことはありませんでしたが、このときマッサージをしてくれた男性陣は、とても上手で、コリントスのエイドを出た時は、「これが自分の体!?」と思うほど、軽くなっていました。
 このコリントスで、古山さんが追いついてきました。古山さんからは、「調子悪そうね」と心配そうに声をかけてもらいましたが、余裕のない自分は苦笑するばかり。情けないやら苦しいやらで、「こんなはずじゃ。。。」という思いで少し涙がでそうになりました。

 コリントスのエイドを出てからは、ペースを上げることもできず、しばらく我慢の走り。胸焼けがしてむかむかしたり、おさまったりの繰り返し。そして照りつける暑さに、後頭部が熱をもっている感じでした。そして、なんとかCP26(93.4㎞地点)のエイドに到着。ここはカフェをエイドにしたCP。先に着いていた古山さんが、「ここには冷たい水があるよ」と教えてくれ、さらにジップロックに入れた氷を私にくれました。「一緒に行く?」と聞かれましたが、とても一緒に走れる状態ではなく、先に行ってもらうようにお話しました。
a0098372_15202189.jpg

▲CP26で会った古山さん。この後、古山さんは快走を見せ、女性2位でゴールに飛び込む

 ベンチに腰を下ろして、ペットボトルに入った冷え冷えの水を飲むのは、スタートして以来初めて。体は、冷えた水分を待っていたかのようにドンドン体に入っていきます。少しずつ口に含んでいたつもりが、あっという間に空に。さらにここで携帯していた「熊胆」を飲むことに。この熊胆は、地元秋田の浮島さんから餞別としてもらったもの。2年前の萩往還でも、復活のきっかけとなった薬です。「これでしばらくまた行けるかな。。。」と思い、エイドを後にしました。エイドを出た直後は、古山さんからもらった氷を後頭部に当てて歩き。走り始めてからは、ランパンに挟んで、腰部を冷やして走りました。
a0098372_15204593.jpg

▲二度目の嘔吐後。。。

 さて、一つ目の山場が訪れました。「少し復活したかな。。。」と思った100キロ手前。ブドウ畑をしばらく走るコースに。そのブドウの匂いがとてもきつくて、吐き気が一気に襲ってきました。ブドウ畑の金網にもたれて、この日2度目の嘔吐。今度は、お腹のものがすべて出たようで、水分もゼリーも、熊胆も、みな吐いてしまったようでした。しかし、吐いた直後は、とてもスッキリした気分に。数キロ、テンポよく走れましたが。。。しかし、長くは続かず。一気に体はだるくなり、足は前に進まず。頭がボーっとし始め、かつ顔の筋肉が引きつり、目がくぼんでいくのがわかりました。「エネルギー切れ。。。何も口にできないし、どうしよう」焦りばかりが大きくなっていきました。ブドウ畑途中のエイドでは、水も飲めない状態。「ブドウだけでも・・・」と、2粒くらいのブドウを口にしエイドを出ました。
a0098372_1521883.jpg

▲二粒くらいブドウを食べるものの・・・

 その後、激しい吐き気がまた襲い、今度は胆汁を吐いてしまう始末。(黄色いというか、緑色っぽい、苦いもの)このときが一番苦しく、お腹の筋肉が攣りそうにもなりました。「あ~もしかして、もうダメかもしれない・・・」レース中、一番弱気になっていた時間帯でした。
a0098372_15213733.jpg

▲CP29。エイドに入ると同時に座り込んでしまう

 CP29(102.5㎞地点)には歩いて到着。(なお、100キロ通過は10時間40分くらい) 「今のこの状態で完走できるのか。。。」と、ゴールを諦めはじめ、エイドに入るなり地べたに座り込笑顔に励まされ、「行けるところまで行こう。。。」と思いなおし、歩いてエイドを出発しました。
a0098372_1522832.jpg

▲少しずつ日が傾き、ひとりで歩くのが精一杯

 いつの間にか、日が傾き始め、トボトボとコースを歩いている自分。後ろからたくさんのランナーに追い越され。。。このとき、いろいろなことを考え始めました。「何が悪かったのか。。。睡眠か。。。いや、睡眠は充分に取れた。オーバーペース!? いや足はまだ大丈夫。昨晩飲んだ胃薬が強すぎたのか。。。ガスター20のせい? それとも食事が悪かったのか。。。日本食をたくさん持って来ればよかった!? レース中、こんなにお腹を壊すのは初めてだ。。。」自問自答をしながら歩いていると、前方に先に行っていたはずのドンガメさんの姿が。聞くと、ドンガメさんもお腹をやられてしまっているとのこと。あんなに快調だったドンガメさんが「やめる理由探しをしている。。。」と辛そうな表情。このとき、残りの距離は約140キロ。日も暮れて、そろそろライトにスイッチをという時間帯でした。
 「なにか復活するきっかけが欲しい・・・」そう思いながら、走っては歩き、歩いては走っての繰り返し。幸いなことに、日が暮れてからは一気に気温が下がって、内臓はダメでも、足はそれなりに動くようになっていました。CP30(106.2㎞地点)でヘッドランプを受け取り、スイッチを入れ、「このヘッドランプは、タマゴンさんからの餞別。。。タマゴンさん・・・ダメだったら、すいません」と思いながら歩を進めました。この辺のエイドでは、何も食べる気もしないし、何も飲む気もしない感じでしたが、唯一、オレンジだけは口に含むことができました(果肉を吸うだけ)。大丈夫なもの(食べても吐き気がしないもの)を選んで、このときはレーズンの匂いをかいだり、ビスケットを口に含んでは「ダメだ」と戻してしまったり、水を取れば「硬くてのどを通らない・・・」と、一つひとつのエイドでの食べ物を体にどう取り込むかで必死でした。
 暗い山道に入り間もなく、後ろから女性の声が聞こえ、「大友さん!?」と声をかけてくれたのは、大阪のY子さん。「もっと先に行っていると思ったよ」と声をかけてくれました。ふがいなさを恥じながらも、まだ少しは完走したいという気持ちが自分に残っていたようで、「あとで必ず行きます!」と応えていた自分がいました。「そうだ、簡単に諦めちゃいけない。自分でリタイヤをするのはやめよう。時間切れで止められるまでコース上にいよう」。ちょっとですが、そう気持ちを切り替えれるようになりました。
a0098372_15223918.jpg

▲一緒に行こうと声をかけてくれたミホチャン

 Y子さんが行ってから、30分くらいで、知り合いの女性ランナー・ミホチャンが追いついてきました。(ミホチャンは、私の母と同じ歳で同じ名前。しかもご実家は秋田。秋田100キロには、ミホチャンズで大勢参加されるので、うちの両親も知っている、私にとってはランニングの上での母のような存在です) そのミホチャンからは、「な~にやってんの、こんなところで!」と一言(笑)。何度か吐いたことを告げると、「次のエイドで、白湯(さゆ・ぬるま湯)を飲んでみて」とアドバイスをしてくれました。エイドに入ると、ミホチャンが白湯を差し出してくれて。。。少しずつ口に含み、その温かさとミホチャンのやさしさで涙があふれてきました。(暗かったので気づかれずに済んだケド。。。)
 それからどうでしょう。不思議なことに、胃が少しずつ動き始めるのがわかり、あわせて体も幾分動き始め、ミホチャンとゆっくり並走できるくらいまで回復して来ました。といっても、呼吸は荒くゼイゼイ、目はうつろ。しゃっくりがでれば、そのまましばらく止まらなかったり。。。ミホチャンは、そんな自分を「がんばれ」などのありきたりの言葉ではなく、わざとナマって笑いながら秋田弁で話しかけてくれたり、今年の田沢湖マラソンでの話題を振ってくれたり、東京の大家族の話をしてくれたりして、私・息子!?の弱気を振り払うように励ましてくれました(涙)。
 こうして、リタイヤと紙一重の時間帯がズーッと続く中で、CP35(124.0㎞地点)のネメアに到着。このネメアでは、20分のマッサージを受け、手袋・上ジャージ・アームウォーマー・CW-Xのロングタイツに着替え、心機一転。Power Barを白湯で流し込み、久しぶりにエネルギー補充。さらに学芸大のわたなべ先生からは、「しばらく水分だけで行っても大丈夫。きっと復活する時間があるから!」と励まされ、「もう行ける所まで行くしかないな。。。」と気持ちを少し強く持つことができました。ミホチャンもその間、肩のマッサージを受けていましたが、終了後、また一緒にコースへ。次の目標は、サンガス。「サンガスってどれだけすごいか、そこまでは見に行こう!」とミホチャン。自分は、少し復活したのが嬉しく、「よし! サンガス、ぜったい登ってやる!」と、目をひん剥いて走り始めました。
 ネメアを出てしばらく登りが続くものの、ここはすべて歩き。歩きながら、顔を夜空に向けると、日本から出る時に応援してくれた家族や友人、走り仲間の一人ひとりの顔が浮かんで来ました。「ここでやめたら、合わせる顔がない。みんながついている。一人じゃない」と強く思えるようになりました。
 下りに入って、なんとテンポ良くミホチャンと並走することが! 驚いたことに数人のランナーを追い抜くこともできました。さっきまでボロボロだったのに、また走れるようになった自分にビックリでした! 今まで経験したことのない、何か別の力が出てきたような感じでした。
 ただ、CPで残りの制限時間を見てみたら。。。関門まであと50分前後。ちょっと油断したら、どんどん時間がなくなる感じで、今度は時間に追われる走りとなって来ました。ミホチャンとは、「上りは歩いて、下りと平坦はできるだけ走ろう」という約束をして進みました。
 ダートコースに入り、できるだけ足元を照らして進む二人。そして、さらに道悪のコース。デコボコだらけでちょっとの段差が筋肉痛の足に響き。。。コース取りも慎重に行わないと、踏み外して捻挫とかになりかねないと、緊張の走りが続きました。なんとか道悪な道路を抜け、小高い山の頂上付近に。この当たりで見た星空は、また素晴らしかった。。。流れ星も何度か見ることができ、ミホチャンに「何かお願いでもしたら?」と言われたので、「完走できますように。。。かなうかな・・・」と祈りました。

 下りに下って、ここでも何人かのランナーを追い抜くことができ、「2人で走るのは強いな」と思いながら、到着したふもとのCPでは、貯金が1時間に増えていました。ここでは、お湯にはちみつを絞ってもらって、ホットはちみつを口に。。。「1時間前後の貯金で進みたい」そんなことを思いながら、一つずつCPをクリアしていきました。
a0098372_1523276.jpg

▲CPに来るたびにへたってしまう。白湯、そしてホットはちみつを口にして走る

スパルタスロン完走記 No.3 「レース・つづき」へ続く

いつもご訪問ありがとうございます<(_ _)>
↓「読んだよ!」とポチッとクリックお願いします
人気ブログランキングへ
[PR]
by takanori922 | 2006-10-09 23:12 | ウルトラマラソン

スパルタスロン完走記 No.1 「スタートまで」

 2006年9月29日午前7時。私はギリシャはアテネ・アクロポリスの丘に立っていた。アテネからスパルタまでの245.4キロのスタートラインに―――――


スパルタスロン。。。ずっとずっと遠い存在だった大会でした。日本のウルトラのトップランナーの活躍がランナーズに掲載され、また詳細がインターネットで華やかに流れたりして、「ランニング人生の中で、いつかは挑戦したい」、そんな遠い夢のような大会でした。

 そのスパルタスロンに挑戦させようと思わせたきっかけは、さくら道ネイチャーランでした。2005年大会に出場したいと、おととしの秋に申込みをしましたが、非力で出場はかなわず。参加資格を得た人たちは、スパルタスロンで激走しているという事実を知り、自然とスパルタスロンを意識するようになりました。

 ヨーロッパで走るということで、申込み方法や海外振込みの手続き、そして渡航費用の心配やエアチケットの手配、現地での滞在方法など、多くの不安要素があり、今一歩踏み出せないでいました。そんな中、以前からの知り合いで、高橋勇市さんのウルトラマラソンの伴走をしている二階堂さんとお会いする機会があり、強くこのスパルタスロンを勧められました(このときもらったスパルタスロンのキーホルダーは今でも宝物です)。二階堂さんは、すでに このスパルタスロンの完走者で、DVDも私にくれました。

 さらに、私と同じく、さくら道ネイチャーランを目指していたダブルさんの2005年スパルタスロンでの素晴らしい走り、そしてそれを経て参加した2006年のさくら道ネイチャーランでの26時間28分という驚異的なゴールが、出場への後押しとなりました。

 また、妻に出場を持ちかけた際、しばらく無言になっていましたが、「子どももある程度手がかからなくなったし。。。どうせ、行くなと言っても行くんでしょ」と、半ばあきらめ顔で言ってくれた一言が、最後の最後の一押しとなりました。5月、銀行に行って慣れない国際送金の手続き。しかし、日本のスパルタスロン協会の丁寧なアドバイスのおかげで、無事申込みの手続きを済ませることができました。ひとりでは、絶対にスムーズに申込みができなかったと思います。(この場をお借りして日本スパルタスロン協会の事務局の皆さんに、心から感謝申し上げます)
a0098372_154239.jpg

 スパルタスロンの出場を決めてからは、もう毎日がスパルタスロンのためのトレーニングとなりました。練習計画、そして調整レースへの参加。仕事の異動に伴う夏場の繁忙期もあったので、体と相談しながら体調を崩さないように、かつ精力的に走って夏を過ごしました。夜中から朝方にかけて走ったこともありましたし、仕事が終わってからヘッドランプをつけて峠道に入ったり。はたまた、地元の手形陸橋RFの皆さんと夏合宿を張ったりと、今までにない、いい練習ができたと思っています。

 その結果は、体に如実に現れてきました。食べる量は変わらないのに、春先に69キロあった体重が、6月末には65キロ、スパルタスロン直前には、62キロまで落とすことができました。体脂肪率も17パーセントから10パーセントを切って、素軽い体に仕上げることができました。練習日誌には書いていませんが、コッソリ練習した日々もかなりありました。8月のお盆過ぎから9月上旬までの間は、月間500キロペースで走りました。(実は、これまで月間400キロ走ったことがない。それでも今思えば500キロでも、まだ足りなかった。。。) 今までにないほど、追い込めた夏でした。

 9月25日の出発の日、妻と子どもに「お父さん、頑張ってくるからねー」と言って、一路いわて花巻空港に。その日は関空近くのホテルに宿泊。翌26日、関西国際空港から出国し、ドーハを経てアテネ入りする旅程です。航空会社は、カタール航空。このエアチケットの手配では、二階堂さんのお知り合いで、東京の古山さんに大変お世話になりました。彼女自身もウルトラランナー。スパルタスロンはもちろん、萩往還やさくら道国際ネイチャーランを見事完走しているすばらしい女性ランナーです。関西空港では、二階堂さんとこの古山さん、そしてミホチャンズのミホチャン(スパルタスロンは私と同じで初出場)と合流しました。私を含めこの4人は、今回のスパルタスロンを見据えて、東京ですでに顔合わせをしていて、今大会の参加に向けて新宿の焼き鳥屋でミーティングを開いていました(にぎやかな飲み会でした・笑)。
a0098372_1545441.jpg

▲写真左から古山さん・二階堂さん・ミホチャン(機内にて)

 この他、福井のSHOさん(萩往還250キロ等各種ウルトラ完走者)や、名古屋の段さん(川の道出場者)、高井さん(甲州夢街道・3位)というメンバーが関空で合流し、自己紹介しながら飛行機に乗り込みました。
 飛行機乗ること約11時間。中東ドーハに到着。ここで乗り継ぎの時間が約3時間ほどありました。そこからまた乗り継ぎアテネへ。到着したのは、現地時間27日のお昼過ぎでした。空港からはバスで移動し、宿泊先のホテルロンドンへ。ホテルには、すでに何人かの日本人、そして外国選手がロビーでくつろいでいました。
a0098372_1552913.jpg

▲同室となった手前から高井さんと関家さん


 部屋割りの結果、ツインルームに補助ベッドを2つ入れた4人部屋に入ることになり、私と二階堂さん、高井さん、そして24時間走のアジア記録保持者(272.936㎞)の関家良一さんと一緒の部屋になり、大変緊張しました。でも、高井さんも関家さん、とっても気さくな方で、おごりもなく、さらにひょうきんなところもありの、素晴らしい方々でした(^v^)
 部屋に入って落ち着いたあとは、海沿いを歩きながら近くのスーパーに買い物に。飛行機で長時間の移動だっただけに、リラックスできた時間でした。
a0098372_158221.jpg

▲ホテル近くのスーパーでお買い物


 9月28日のレース前日。この日の午前中、アテネ市内の観光をしました。バスでアテネ市内に移動し、「無名戦士の碑」の前で記念写真を撮ったり、「スブラギ」を食べたり、「古代アゴラ」を見学したりして、みんなで楽しむことができました。
a0098372_1582667.jpg

▲古代アゴラにて(前列右から二階堂さん、伏見さん、ミホチャン、古山さん、Y子さん、後列右から金井さん、ドンガメさん、私)

 午後は、ホテルに戻って大会の前日説明会。日本語通訳の方もいらして(日本スパルタスロン協会の方かな!?)、明日からの大会の注意事項を把握することができました。
a0098372_1585218.jpg

▲ホテルロンドンのロビーで開かれた前日説明会


 レース前夜の夕食は、ホテルのギリシャ料理。オリーブオイルをふんだんに使った、そして塩味がいまひとつといった料理ばかりで、おかわりをするほどの物ではありませんでした(初めて食べるギリシャ料理。慣れないで当たり前ですよね)。そんな中、日本からレトルトのご飯やカレーを持ってきている人、カップ麺を持ってきている人が見られ、「工夫して前日を過ごしているんだなぁ~」と感心していました。今思えば、そこの部分の経験不足がレースに響くとは。。。その晩、ちょっと胃がもたれた感じがして、ガスター20を飲んで眠りました。
a0098372_1591356.jpg

▲ホテルロンドンの夕食(かなり油っぽく、それでいて意外と塩味がないのが特徴)

 29日・レース当日の朝4時30分。先に起きていた二階堂さんは、すでに準備を着々と済ませ、それこそ日本から持ってきたレトルトパックのご飯を食べていました。私もベッドから出て、すぐにホテルの食堂へ。なんか余り食欲がなかったのですが、古山さんとミホチャンからもらった、おにぎりだけは口にほおばり、ちょっと無理してホテルの食事もお腹に詰め込みました。
a0098372_1593544.jpg

▲ホテルのロビーで、スタート行きのバスを待つ(右からY子さん、古山さん、私)

 ホテルのロビーに下りたのは、午前5時45分。ロビーでは、バスを待っていた日本人選手の皆さんと記念写真を撮りました。みんないい色に焼けていて、体もキッチリ絞れている様子。ここを目標に、しっかり走ってきたという雰囲気でいっぱいです。午前6時にバスでスタート地点のパルテノン神殿に移動。バスの移動中、「胃の調子がいまひとつ悪いな。。。」と感じましたが、たいしたことはないと心配せず、トイレを済ませ、スタート地点に立ちました。
a0098372_1595645.jpg

▲大阪の奈奈江ちゃんを通じて知り合った向井さん(左)、そしてギリシャで知り合った、たつみさん(中)、ながいさん(右)

a0098372_15103034.jpg

▲岩本能史さんを代表とする「club MY☆STAR」の皆さんと一緒に

a0098372_15105886.jpg

▲一番参加者の多い日本人チーム。とっても賑やかでした!

 うっすらと東の空の朝焼けが見える中、幻想的な雰囲気のアクロポリスの丘でストレッチをしながら、集まってくる各国の選手を眺めていると、「夢の舞台にとうとう来たんだなぁ」と、鳥肌が立つ思いでした。
 日本の選手たちは、他国の選手に負けないほど賑やか。そういえば、参加国の中で、55人という一番多く参加している国ですから、当たり前といえば当たり前。初めて会う方や、ランナーズなど各種雑誌に載っているトップランナー、トップチームの皆さんと写真を撮らせてもらいました。
a0098372_15112727.jpg

▲いよいよスタートラインに

 そしていよいよスタートのとき。ギリシャ語ではなく、英語でのカウントダウン。午前7時のスタートに合わせ、スリー、ツー、ワン、ゼロ! で246人の選手がはるかスパルタスロンを目指し、一斉にスタートしました。


スパルタスロン完走記 No.2「レース」に続く

いつもご訪問ありがとうございます<(_ _)>
↓「読んだよ!」とポチッとクリックお願いします
人気ブログランキングへ
[PR]
by takanori922 | 2006-10-07 23:50 | ウルトラマラソン
line

ライフブログ(時々更新w)


by otomo922
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite